活動報告

セミナー・レポートサマリー 120

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■創立30周年記念野外セミナー・レポート 平成20年6月18日〜20日
知床自然遺産の探訪と自然再生事業の現地見学会


 協会創立30周年を記念し、北海道支部とセミナー委員会の共催で、世界遺産に登録されている北海道「知床」と自然再生事業が行われている「標津川」、「釧路湿原」を対象とした野外セミナーが開催された。


●第1日目

 セミナー初日、札幌の天気は思わしくなく、道東はかなり寒いだろうと予想していた。ところが、飛行機に乗り込み、到着した女満別空港の空は、雲ひとつない快晴であった。今回の参加者は総勢34名。道内をはじめ、遠くは沖縄からの参加もあった。東京からの到着便を待ち、バスで知床に向け出発した。
 車窓から藻琴湖や小清水原生花園、斜里岳などを眺めつつ、まずは知床八景のひとつに数えられている“オシンコシンの滝”へと向かう。アイヌ語の“オシュンク・ウシ(そこにエゾマツの群生するところ)”が語源らしく、滝の流れが2つに分かれて流れ落ちるところから、別名“双美の滝”と呼ばれている。知床半島のなかでは最大の滝であり、流れ落ちた水はそのまますぐにオホーツク海に注ぐ。バスを降りたときは、半袖でも暑いくらいだったのに、滝に近づくと一枚羽織るものが欲しくなるくらい涼しかった。
 ウトロで昼食をとっている時、参加者の一人が、海岸にいるオジロワシを見つけた。近くで繁殖しているのだろうか。夏はあまり見ることができないその鳥を見て、参加者から歓声があがっていた。その後、車窓からオホーツク海を見ながら、本日のメインである知床五湖へ向かった。
 途中、知床自然センターに立ち寄り、知床富士とも呼ばれている羅臼岳を見ながら、知床五湖へ。ここも知床八景のひとつであり、その名のとおり面積0.8〜5.3haの小規模な5つの湖が集まっている。知床五湖には流入河川も流出河川もなく、地下からの湧水が源であるという。ヒグマの出没状況によっては遊歩道が閉鎖されるようだが、今回は無事に五湖すべての遊歩道を回ることができた。
 知床五湖の遊歩道は一周約3kmで、ゆっくり歩いて90分ほどのコースである。しばらく歩くと、遊歩道のすぐ脇の湿地にクマの足跡と食痕が残っていた。どうやら周辺のミズバショウなどの植物を食べに来ているようだ。歩を進めるうちに、エゾリスやエゾシカに出会うこともできた。私は、仕事で道内各地に出かけているが、現場で会うこれらの生き物は近づくと逃げてしまう。ところが、ここの動物達は逃げるどころか、警戒する様子がまったくない。毎年訪れる多くの観光客は誰も危害を加えることがなく、人の存在に慣れてしまったのだろう。知床五湖を後にして、宿に向かうバスの中からはヒグマを目にすることもできた。
 宿入り後、夕食前には参加者の安田氏と小角氏から知床や自然遺産についての講話をうかがった。周知のとおり、知床は日本では屋久島・白神山地に続き、2005年に世界自然遺産に登録された場所である。知床が自然遺産に登録されるまでの経緯や、同じく世界遺産に登録されているイエローストーン国立公園の話などをうかがった。この公園では、シカやクマなどの動物の保護管理対策など、知床と共通する課題を抱えているという。日本から遠く離れた地に、同じような環境や問題を抱えている場所があるというのは、私にとって大変興味深い話であった。
 知床を訪れたのは、学生時代にツーリングをした時以来である。このセミナーでは、その時とは一味違った経験ができ、また同業の人達から興味深い話をうかがうことができた。2日目に予定されている知床半島クルーズは初めてである。海からの知床の眺めを楽しみに、1日目を終えた。

オシンコシンの滝 知床五湖
オシンコシンの滝 知床五湖

(レポーター:(株)ドーコン 中村那穂子)




●第2日目

知床観光船の桟橋で 知床峠から羅臼岳を望む
知床観光船の桟橋で 知床峠から羅臼岳を望む

 セミナー2日目も快晴で、雄大な知床連峰の山並みが青空に映えて美しかった。
 この日はまず、知床観光船“おーろら2”に乗船し、知床半島を海域から観察した。半島の海岸は、オホーツク海の激しい波によって岩盤が削り取られて形成された複雑な絶壁が続き、不思議な形をした岩や洞穴、断崖から落ちる滝などが目を引く。絶えず荒波に洗われているせいか、険しく切り立った岸壁のかなり高い位置まで植生が見られず、自然のエネルギーの大きさに圧倒される光景であった。
 下船後、半島のウトロ側(西側)から、標高738mの知床峠を越え、羅臼側(東側)へと向かった。1,661mの羅臼岳を最高峰に、硫黄山(1,563m)、知床岳(1,254m)などの山岳が連なる知床連峰のために、気候が半島の東西で大きく異なることがあるという。
 羅臼で向かった先は、2007年5月にリニューアルオープンしたばかりの「羅臼ビジターセンター」である。詳しい展示やハイビジョン映像のおかげで、訪れた季節以外の知床の様子についても知ることができる。特に、このビジターセンターの展示には、標本や模型が多数使用されており、文字や写真だけでは分かりにくい動植物のスケールや迫力が実感できた。また、アイヌ文化を紹介するコーナーもあり、かつて知床の地で暮らしていた人々が、他の動物と同じように、自然の循環のなかで生きていたことがよく分かった。
 午後には、北海道開発局釧路開発建設部の職員の方々の解説を受けながら、標津川の自然再生事業地を見学した。
 標津川では、昭和7年から、牧草地造成を目的として、蛇行した川の直線化を含む河川改修が進められてきた。これにより流域の治水安全度は飛躍的に向上したものの、魚類や流域の植生に影響が生じている。これを受けて、多くの生物が生息できる多様な環境を維持できるよう蛇行河道を試験的に再生し、その影響を調査しているのが標津川自然再生事業地である。同地は、仮に不測の事態が生じても、治水上、また河川環境上最も影響が少ない区間を選定して設置されており、河口から8.4kmのところに位置する。
 この試みにおいて興味深いのは、蛇行部のみのかつての河道そのままに復元するのでなく、直線部も存置させ、両河道の流量調整を行っている点である。試験地の蛇行部は、直線化の際に残された三日月湖(河跡湖)を再度本流に接続することにより形成されているが、直線部への通水も続け、その量をコントロールすることで、治水機能の保持を図っている。ただし、この「2WAY河道」を維持するのは容易ではなく、蛇行部・直線部それぞれの機能がバランスよく発揮される分流比を探るため、分流堰の形状を工夫するなどの実験が繰り返されているという。
 また、蛇行復元にあたって、三日月湖に生息するようになっていたトミヨやネムロコウホネなどの重要種の保全について考慮されている点にも注目したい。三日月湖の一部に矢板を打設し止水域を残すことで保全を図る一方、別の三日月湖に移植を行い、洪水などのために止水域が消失してもダメージが小さくなるよう対策が講じられている。
 このように、慎重に様子を見ながら少しずつ試験・改変を進めているとのことで、「自然」に対して人間が与えるインパクトの大きさや、そうした行為の際に必要とされる試行錯誤について、改めて考えさせられた。また、この自然再生事業は、多様な環境を守ろうと地元住民が声を上げたことから、以前は相反する課題であった治水・利水と環境との両立を模索する試みとして始まったという。地元との連携や創意工夫により、新しい時代のニーズに応えようとする本事業に、大いに刺激を受けた。

標津川自然再生
標津川自然再生

(レポーター:日本工営(株) 宮下奈緒子)




●第3日目

 セミナー最終日、朝目覚めてホテルの窓を覗くと濃い霧で街は真っ白だった。われわれは、本日の目的地である細岡展望台に向けて霧の街・釧路を出発した。
 細岡展望台は、釧路湿原の数ある展望台の中でも最も“湿原らしい風景”を望むことのできる展望台だとバスの中で説明を受けた。実際に展望台に行ってみると、そこには広大な湿原とその中を釧路川が大きく蛇行し、まるでアフリカのサバンナのような原始の風景が広がっていた。霧がうっすらとかかっているため、なおさら広い湿原には果てがないように感じられ、幻想的であった。
 雄大な景色を堪能した後に、北海道開発局釧路開発建設部の職員の方から釧路湿原の概要について説明を受けた。釧路湿原は、ラムサール条約や国立公園に指定されるなど豊かな自然環境に恵まれている。しかしながら、近年では流域の経済活動の拡大(農地・宅地の開発や河道整備)によって釧路湿原に量的・質的に急激な変化が起こっているとのことであった。
 量的な変化としては、農地・宅地の開発によって湿原面積は60年前と比べて約3割が減少した。また、質的な変化としては、河道の整備によって湿原が乾燥化し、乾燥した場所に生育するハンノキ林の面積が60年前と比べて約4倍に増加した。実際に細岡展望台からもハンノキ林が湿原に点在する様子が確認できた。
 このような問題を受けて、釧路湿原の保全・再生に向けた取り組みのひとつとして、次の見学先である旧川復元事業が行われている茅沼地区へと向かった。 旧川復元事業とは、現在、釧路川が流れる直線河道を埋め戻し、蛇行している旧川を復元し、地下水位の上昇や氾濫頻度を回復させることで湿原の再生を行うものである。
 釧路川では、洪水氾濫の防御、流域の土地利用を促進するため、大正10年から昭和56年にかけて捷水路・新水路による直線化が行われてきた。
 茅沼地区は、釧路川河口から約32kmに位置し、約2kmの区間が先行試験地区として旧川の復元が行われる。釧路川流域の中で施工箇所はごく一部であるが、河川改修によって、上下流が変わってしまった現在、人間の手により旧川を復元することでどのような影響が生じるか慎重な検討を要する。そのため、旧川の復元にあたっては、左岸側の宅地や農地への防災面での影響の検討、直線化によって生じた新たな生態系への環境配慮等が実施されている。改めて、時代の移り変わりとともに、“開発”から“環境”へと社会・地域のニーズが変化していることを強く感じた。
 茅沼地区は旧川復元のテストケースであり、長期的には釧路川流域全体に広げていきたいとのことであった。釧路川に限らず、他地域の湿地再生計画にとって大いに参考となる成果が得られることが期待される。
 知床の雄大な自然に触れ、また実際に事業の実施途中である自然再生の現場の見学は興味深く、非常に有意義なセミナーであった。

釧路川自然再生 釧路湿原の細岡展望台で
釧路川自然再生 釧路湿原の細岡展望台で

(レポーター:日本工営(株) 柏館信子)

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